2017年12月16日

📖【小説】Kasvoton kuolema:『殺人者の顔』フィンランド語版

少し前に、ヘニング・マンケルの本を読みました( 📖【小説】Haudattu:白骨死体の謎を解く)。それがきっかけで、この本を図書館から借りてみた次第。

このところ電子ブックを借りることが多かったけれど、これは紙の本です。327頁あります。でも、この作品の日本語版『殺人者の顔』のページ数は430。100頁余り違う…

本のページの文字数とか数えたことないけれど、フィンランド語の本のほうが日本語の本よりも、1ページに内容がみっちりつまってるんですかね?

Kasvoton kuolema

Kasvoton kuolema
著者:Henning Mankell
訳者:Markku Mannila
出版:Otava, 2005年

日本語版の出版社によるこの本の紹介文です。
雪の予感がする早朝、動機不明の二重殺人が発生した。男は惨殺され、女も「外国の」と言い残して事切れる。片隅で暮らす老夫婦を、誰がかくも残虐に殺害したのか。燎原の火のように燃えひろがる外国人排斥運動の行方は? 人間味溢れる中年刑事ヴァランダー登場。スウェーデン警察小説に新たな歴史を刻む名シリーズの開幕!
この本がスウェーデンで出版されたのは 1991年。もう26年も前のこと。でも、扱われているテーマは全然古びていません。いや、古いどころか今の時代にぴったりのテーマ。フィンランドでも特に近年、極右的な思想や行動についてニュースなどで見聞きすることが多くなってきていますから。

スウェーデンは、フィンランドよりもずっと移民の多い国です。レイシズムも、フィンランドよりも早くから表面化していたのでしょう。そしておそらく、今もおさまってはいない…

1990年代初めにこのテーマを取り上げた作者は先見の明があったのだな、と感心しました。

が…

何か悪いことが起きたときに、それを移民やよそ者のせいにする。そして何の根拠もなしに彼らを襲う。そういうのって、今始まったことではない事に気づきました。日本の歴史の中では、例えば関東大震災後の虐殺事件。

人っていつまでたっても進歩できないのかなあ…

"Kasvoton kuolema"の意味

それぞれの単語の意味です。
  • kasvoton顔のない
  • kuolema
つまり『Kasvoton kuolema』で『顔のない死』。

スウェーデン語の原題は『Mördare utan ansikte』。Google先生の翻訳では『顔のない殺人者』。その訳が正しいとすれば、フィンランド語も日本語も、スウェーデン語の書名をそのまま訳したものではないってことになりますね。

そうそう、kasvoton といえば…

映画『千と千尋の神隠し』(フィンランド語名『Henkien kätkemä』)に登場する「カオナシ」、フィンランド語では「Kasvoton」という名前です。

著者について

著者 Henning Mankell(ヘニング・マンケル 1948年~2015年)は、スウェーデンの作家。以前記事にした『Haudattu』( 📖【小説】Haudattu:白骨死体の謎を解く)と同じ作者です。

この『Kasvoton kuolema』は、ヴァランダーシリーズの最初の作品。スウェーデンでの出版は1991年。フィンランド語版が最初に出版されたのは1993年です。

《参考ウェブページ》
Kasvoton kuolema | Otava
ヘニング・マンケル - Wikipedia
殺人者の顔 - ヘニング・マンケル/柳沢由実子 訳|東京創元社
殺人者の顔 - Wikipedia

2017年12月13日

📖【小説】Tummiin vesiin:『魔女の水浴』フィンランド語版

今回も、図書館から借りた電子ブックです。この本の電子ブック版は、地域の図書館には3部のみ。それでも予約もせずに借りることができたわけですが…

さっき地域の図書館のウェブページで確認したら、紙の本のほうは、約70冊が貸し出し中。加えて、現予約者数はなんと302…

電子ブックを借りる人の割合はまだまだ少ないのですね。

Tummiin vesiin

Tummiin vesiin
著者:Paula Hawkins
訳者:Antti Autio
出版:Otava, 2017年

この本、日本では『魔女の水浴』という名で、今月初めに出版されたようです。本の内容の説明代わりに、出版社のツイートをここに埋め込んでおきます。


自殺なのか殺人なのか、何が背景にあるのか、殺人だとしたら犯人は誰なのか、かなり読み進めていかないと全く見当がつかない…そういう意味で、楽しめる推理小説でした。


ストーリーはさておいて、こちら、とある場面でのダニエラの娘 Lena の言葉。
Jos kaksi ihmistä tekee jotain väärää ja toinen heistä on nainen, hän on tietenkin automaattisesti syypää. Vai mitä?
もし2人が何か間違いを起こす。そしてその2人のうち一方が女性だと、当然のごとく彼女に責任があるってことになる。そうじゃない?
Lena はその考えが理解できないと言います。

作品のテーマは、おそらくそこにあるのでしょう。例えば不倫。男女それぞれ責任がある筈なのに、女性だけがたびたび悪者にされる。あるいは強姦。襲うほうが悪いはずなのに、女性に隙があったんじゃないかって話になる。

本来ならそんなのは変。でも現実には女性が後ろ指をさされる、あるいは女性が罪の意識を持ってしまうなんていうことは、ありそうなことです。作者は、この作品でその理不尽さを伝えたかったのかもしれません。

"Tummiin vesiin"の意味

まずは、それぞれの単語の意味です。
  • tummiintumma 暗い の複数入格
  • vesiinvesi の複数入格
つまり直訳すれば『暗い水の中へ』。

この本の原題は『Into the Water』ですから、直訳というわけではないようです。でも、このフィンランド語の書名は、内容が漂わす雰囲気をよく表していると思います。

一方で、日本語版の『魔女の水浴』という題は、私にはいまいちしっくりきません。

著者について

著者の Paula Hawkins(ポーラ・ホーキンズ 1972年~)はイギリスの小説家。

彼女の最初のスリラー作品が『ガール・オン・ザ・トレイン』(フィンランド語版は『Nainen junassa』)です。これはヒット作だったようで、実はこの『Tummiin vesiin』の表紙の上部にも、白い文字でこんな広告文(?)が書かれているのです。
NAINEN JUNASSA -JÄTTIMENESTYKSEN TEKIJÄN UUSI, VANGITSEVA TRILLERI
ヒット作『ガール・オン・ザ・トレイン』の作者による、魅惑のスリラー新作
『ガール・オン・ザ・トレイン』で有名になった作者なんですね、きっと。

《参考ウェブページ》
 Tummiin vesiin | Otava 
 Paula Hawkins | Otava 
 ポーラ・ホーキンズ - Wikipedia 

2017年12月3日

📖【ジュニア文学】Kuriton koiranpentu:動物好きの女の子たちの話

久しぶりの子供向けの本。記事には「ジュニア文学」というラベルをはっておきますが、主人公たちの年齢を考えると、対象読者は小学校高学年ぐらい。

いつものように図書館の電子ブックを「今一番借りられている本」順に並べた結果、この本を借りる運びとなったのでした。

Kuriton koiranpentu - Tassu-trio -

Kuriton koiranpentu
- Tassu-trio -
著者:Helena Meripaasi
出版:Otava,  2017年
表紙:Mirjami Manninen

ずっと犬が欲しかった Allu。誕生日にやっと夢がかないました。Allu のもとにやってきたのは、ミニチュア・ピンシャー。しつけがなかなかうまくいかず、悪戦苦闘の日々。

Christa は猫が大好き。最近まで猫を飼っていました。でもその猫が死んだあとは、猫があまり好きでない父親の反対もあって、なかなか猫を飼うことができません。

Erika も動物好き。両親ともに獣医で、小さいころから動物と触れ合っています。Erika の飼っているのは、ドッグショーにも参加するような犬たち。Erika はまた、アジリティにも挑戦しています。

…そんな3人の話です。

*****

大人の目で読んでしまうからなんでしょうか。物語そのものよりも、3人の女の子それぞれの家庭環境に注目してしまいました。

姉の Mari が自立して別のアパートで暮らすようになってから、Allu は、母親との二人っきりの暮らし。父親のことはよく知らないし、会ったこともありません。母親が帰ってくるのは大概遅く、時には仕事でバンドの遠征についていき何泊か家を空けることもある。母親の収入は不安定で、金銭的にも恵まれた家庭ではありません。

Christa は、両親と弟の4人家族。でも、Christa にとってはあまり理解のない父親。アイスホッケーファンの父親はアイスホッケークラブに通う弟ばかりをかわいがっている、とChrista は思っています。

Erika の家は動物病院。Erika はそこで母親と二人暮らし。両親は離婚し、父親はスウェーデンで新しいパートナーと暮らしています。休暇に父親とは会うけれど、父親がもう Erika の家に足を踏み入れようともしないのを悲しく思っています。


現代社会を反映させてるのかな?
いずれにしても、こうして普通に、違った家庭環境の子たちが登場しているっていうのはすごくいいなって思います。

日本の本はどうなんだろう? 日本の子供向けの本はもう長い間読んでいないので、全然見当が付きませぬ…

"Kuriton koiranpentu - Tassu-trio -"の意味

「書名と副題」みたいな書き方をしてしまいましたが、"Kuriton koiranpentu"は書名で、"Tassu-trio" はシリーズ名になります。
  • kuritonやんちゃな。手におえない。
  • koiranpentu子犬koira の属格 + pentu 動物の子
  • Tassu-trio:タッス・トリオ(tassu(動物の)足 + trio トリオ
つまり、書名の意味は、タッス・トリオ-シリーズ『手におえない子犬』。

tassu は、犬や猫やクマやウサギの足。つまり肉球のある動物の足を tassu といいます。馬や羊や豚などの足は tassu とは言いません。

ちなみに、日本語で犬に向かって言う「お手!」は、フィンランド語では「Tassu!」です。

著者について

著者の Helena Meripaasi(1967年~)は、フィンランドの作家。ジュニア文学を2000年以降出版しています。

小さいころから犬が身近であったそう。そのせいもあるのでしょうね、彼女の作品は、犬をテーマにしたものが多いようです。

《参考ウェブページ》
Helena Meripaasi | Otava(出版社による著者の紹介)
Kuriton koiranpentu | Otava(出版社による本の紹介)
Kuriton koiranpentu | Otava (出版社による本(電子ブック)の紹介)
Helena Meripaasi – Wikipedia(Wikipedia)

2017年11月30日

📖【歴史】Kulkemattomat polut:フィンランドが歩んだ歴史と歩まなかった歴史

このところ、小説、特にミステリーものを読むことが多かったけれど、今回は久しぶりの歴史の本。これも、図書館から借りた電子ブックです。

Kulkemattomat polut - mahdollinen Suomen historia -

Kulkemattomat polut
- mahdollinen Suomen historia -
編集:Nils Erik Villstrand & Petri Karonen
出版: Gaudeamus , 2017年
表紙:Emmi Kyytönen

歴史を現在の地点から振り返ると、過去から今までの歴史の流れは一本道。

一方で、現在の地点からはただ一つの未来像が見えるわけではない。現在から未来へは多くの選択の余地があり、未来の姿が私たちの目の前に正確に描かれることはあり得ない。人の意志とは無関係の、全く予測できないことだって起こりかもしれない。そしてそれが、未来への流れを大きく変えることだってあるはず…

1917年の独立国家への道のりとしての視点からフィンランドの歴史が語られることが多いけれど、過去に生きた人々が、未来の「フィンランド国家」に向けて戦や政治を繰り広げてきたわけではない。

その時々を生きた人々にとっての未来は、私たちにとっての未来と同じように不確かなものだったはず。その人々が生きた時代の視点から歴史をみると、別な歴史も見えてくる。そして、もしその時代に別の選択をしていたとしたら、歴史の道は大きく変わっていたかもしれない。

…という考えから、この本では、1417年、1517年、1617年、…というように100年ごとに、それぞれの時代の観点から歴史を語っています。

それぞれがどういう時代だったのかというのをごくごく簡単に言えば…

1417年(とその前後)
1417年には、スウェーデンで3名の聖人候補の列聖調査が行われた(結局3人とも聖人となることはなかった)。つまり、この頃はすでに、カトリック教会の組織化が北欧でも進んでいたということ。
当時のフィンランド地域は「トゥルク教区」、ウプサラ教会に属していた。Magnus Olai が長年の間(1412年~1460年)トゥルク教区の司教を務めたことが、フィンランド地域の教会組織の発展に貢献。
政治組織よりも教会組織のほうが進んでいた時代。

1517年
1517年は、クリスチャン2世がデンマーク王となって4年目の年。一方スウェーデンでは、ステン・ストゥーレが「クリスチャン2世を絶対スウェーデン王とすべきではない。」と宣言した年。
マルチン・ルターによる「95ヶ条の論題」が掲出された年でもある。

1617年(とその前後)
スウェーデン王はグスタフ2世アドルフ。
スウェーデンとロシアによるストルボヴァの和約で、ロシアはフィンランド湾沿いの領土を失う。
このころのスウェーデン(つまり現在のフィンランドも含めて)には多くの都市が制定された。タールの生産量も増大。

1717年(とその前後)
フィンランドはロシアの占領下。役人や牧師たちの多くがスウェーデン側に避難。庶民の生活は苦しいものであったらしい。

1817年(とその前後)
フィンランドはロシア帝国の一部。フィンランドの上層の人々の多くは、ロシア帝国に融和的だったが、庶民はなかなかこの事態を受け入れられなかったらしき記録あり。フィンランドの西部では、スウェーデンとのつながりは相変わらず大きかった。

1917年(とその前後)
この頃、急速な都市化が進み、住宅問題が深刻化。
1914年に始まった第一次世界大戦は、フィンランドには直接的な影響はもたらさなかった。しかし1916年末頃から、食糧事情が悪化。治安も悪くなり、いくつかの集団が個々に護衛団(?)を形成。
この年、フィンランドの独立が宣言された…が、国内では当時、おおごととしてとりあげられなかったようだ。


でも…

もし、1417年に候補にあげられた人々が聖人となっていたら、スウェーデン・フィンランドの聖人崇拝はもっと根強いものになっていて、宗教改革は困難だったかもしれない。

もしクリスチャン2世が、ストックホルムでの虐殺(ストックホルムの血浴)のような行為に出なかったら、カルマル同盟ははそんなに早く決裂しなかったかもしれない。

もし、大北方戦争で(つまりほぼ100年早く)フィンランドがロシアに割譲されていたとしたら、フィンランドの文化は今とは大きく変わっていたかもしれない。

…などなど、歴史の流れには様々な可能性があった…

*****

こんな歴史のとらえ方もあるんですね。歴史って、視点によっていろいろな書き方ができるものなのだと改めて感じました。

もう一つ、歴史に関して感じているのは、歴史が意外に狭い立場から描かれていることも多いのだということ。

例えば十字軍。12世紀頃スウェーデンから「十字軍」がやってきた。それによってフィンランドは西側(カトリック教会)の文化圏に組み入れられた。

それが昔からの歴史家たちの解釈だったといいます。現在は、この「十字軍」は「聖戦」のためだけにやってきたわけではなく、スウェーデンのフィンランド地域での地盤固めと税収入が目的だったと認識されているそうですが。

一方で、13~14世紀にロシア側のほうからも同様の目的で軍隊が来ているのですが、そちらのほうは歴史家たちから「十字軍」とよばれることはないんだとか。

同じような軍隊であっても、その後の歴史に影響を与えた方は「十字軍」として歴史の中で重要視され、もう一方は「十字軍」という名前さえも与えられていないわけです。東方からの遠征はカトリック教のものではないから、といわれればそれまでですが。

*****

…私たちは意外に、歴史を見たいようにしか見ていないのかも。そんなことを考え始めると、日本の教科書に書かれている歴史も、日本人たちが見たい、あるいは教えたい歴史でしかないのでは?と思えてしまう。

"Kulkemattomat polut - mahdollinen Suomen historia -"の意味

それぞれの単語の意味です。
  • kulkematonkulkea 歩む・歩く の否定分詞
  • polutpolku 小道 の複数主格
  • mahdollinen可能な
  • SuomenSuomi フィンランド の単数属格
  • historia歴史
『歩まなかった小道~もしものフィンランド史~』のような意味になりましょうか。

著者について

歴史家7名によって書かれています。

編者の一人である Nils Erik Villstrand(1952年~)は、オーボ大学の北欧史の教授。
もう一人の編者、Petri Karonen(1966年~)はユバスキュラ大学のフィンランド史の教授。

あとの5名は…

Pertti Haapala(1954年~)。はタンペレ大学のフィンランド史の教授。
Sari Katajala-Peltomaa。タンペレ大学の哲学博士・大学教員。
Ulla Koskinen。哲学博士。ユバスキュラ大学・タンペレ大学所属。
Pirjo Markkola(1959年~)。タンペレ大学のフィンランド史の教授。
Marjaana Niemi。タンペレ大学の国際史の教授。

《参考ウェーブページ》
Nils Erik Villstrand & Petri Karonen (toim.): Kulkemattomat polut | Gaudeamus

2017年11月21日

📖【小説】Tummempi taivas:グラン・カナリア島を舞台にした推理小説

今回読んだのも、図書館から借りた電子ブックです。

Tummempi taivas

Tummempi taivas
著者:Mari Jungstedt & Ruben Eliassen
訳者:Anja Meripirtti
出版:Otava, 2015年
表紙:Scott Schwartz / unsplash.com

のどかなグラン・カナリア島の海岸で、殺された女性の遺体が見つかります。犯人が見つからないまま、その後また、一人の女性が殺される…

グラン・カナリア島に長年住むスウェーデン人のジャーナリスト Sara Moberg は、ノルウェー人の元警察官 Kristian Wede とともに、それらの事件を追っていきます。

*****

…という、普通にありげな推理小説。可もなく不可もなくといったところかな。

とはいうものの、死体が犯人の主張を媒介する物体として描かれているのはあまり好きになれませんでした。

それでも、読みだしてしまうと最後がどうなるか気になるから、結局最後まで読んでしまう…それが推理小説のいいところ?

じっくり読むのではなく、多読で言葉に慣れ親しもうというときには、こういう類の本がいいのかも。

"Tummempi taivas"の意味

書名に使われているそれぞれの単語の意味です。
  • tummempitumma 暗い の比較級
  • taivas
ですから、書名の意味は「より暗い空」でしょうか。

原書名は『En mörkare himmel』。スウェーデン語です。
英訳もされているみたい。英語版の書名は『A Darker Sky』。日本のアマゾンさんのページで見つけました。

著者について

Mari Jungstedt(1962年~)は、ゴットランド島シリーズの著者としても知られているスウェーデンの作家です。(関連記事【小説】Toiset kasvot:ゴットランド島を舞台にした推理小説

Ruben Eliassen(1968年~)は、ノルウェーの作家、そしてイラストレーターでもあります。

《参考ページ(外部リンク)》
Eliassen, Ruben – Jungstedt, Mari | Otava (出版社による著者の紹介ページ)
Tummempi taivas | Otava (出版社による本の紹介ページ)


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2017年11月18日

📖【小説】Haudattu:白骨死体の謎を解く

今回も、図書館の電子ブックを借りました。

Haudattu

この表紙も、フィンランドの小説によくあるパターン。つまり、フィンランド語を知らなかったらどれが書名なのかおそらくよく分からない…ということで、ちょっと説明をば。

WALLANDER は主人公の苗字。この作品は、クルト・ヴァランダー (Kurt Wallander)刑事を主人公とした推理小説シリーズの中の1つなのだということでしょう。

その次の2行が作家名。

そして、一番下の白い小さな文字が書名…全然目立ってない (~_~;) 
Haudattu
著者:Henning Mankell
訳者:Kari Koski
出版:Otava, 2013年
表紙:Timo Numminen

余生を静かな環境で過ごしたいと考えているヴァランダー。亡き父親が昔住んでいた家からさほど遠くない場所にある、売出し中の家を見に行きます。

家の手直しをする必要性はありそうなものの、ほぼ彼の望んでいた環境の家。…が、偶然庭の一角に「手」が生えている(?!)のを見つけてしまう。

庭を掘り起こして見つかったのは、数十年前に埋められた、今はもう白骨化した死体。そしてその後あらたに、もう一体の死体が見つかります。

誰の死体なのか、どういういきさつで庭に埋められたのか、ヴァランダーたちはその謎を解明していきます。

*****

小説そのものもさることながら、
Kuinka se alkoi, kuinka se päättyi ja mitä siinä välillä tapahtui
どのようにそれは始まり、どのようにそれが終わったのか。そしてその間、何が起こったのか
と題された、著者自身による巻末の記述がとても興味深いものでした。ここでいう se(それ)は、「ヴァランダーを主人公にした作品(を書くこと)」を指していると思われます。

アフリカに長期滞在後、久しぶりにスウェーデンに戻ってきた著者は、スウェーデンでレイシズムの気運が以前よりも高まっていることに気づいたのだそう。1990年のことです。

レイシズムをテーマにした作品を書くことの重要性を感じた著者は、犯罪小説を書き下ろすことにします。

その構想を練っていたころの日記から、著者が抜粋した記述の一部です。
Ajattelin, että kuvaamani poliisin täytyy ymmärtää, kuinka vaikeaa on olla hyvä poliisi. Rikokset muuttuvat samalla tavoin kuin yhteiskuntakin. Jos hän haluaa hoitaa työnsä kunnnolla, hänen täytyy tietää, mitä tapahtuu siinä yhteiskunnassa, jossa hän elää.
私は、自分がこれから描いていく警官は、よい警官であることがどれだけ難しいのか理解しなければいけないと考えた。犯罪は社会と同様変化していく。もし彼が職務をしっかりと果たしたいのなら、彼自身が生きる社会でいったい何が起きているのか知らなければならないのだ。
そして生まれたのが、刑事ヴァランダーを主人公にした最初の作品『Kasvoton kuolema(顔のない死)』(原書名『Mördare utan ansikte』。日本語版書名『殺人者の顔』)。


私自身は今まで、犯罪・推理小説の類を娯楽ととらえていました。でも、作品を通じて、社会問題の提示したり、社会のひずみを伝えようとしていることもあるのですね。そんなこと、あまり考えたことなかった…

また、この巻末部を読むことで、小説のなかだけでなく現実社会でも、犯罪はそれをとりまく社会を反映しているのだということにも気づかせられました。


ところで、1990年から27年経った今、レイシズムは相変わらず。近年特により目につくようになってきた気がします。さらに、ヨーロッパも大きく変わってきている…

この著者が現在の社会の中で生きていたとしたら、どんな作品が生まれたことでしょう? 彼が2年前、67歳で逝ってしまわれたのがとても残念です。

"Haudattu"の意味

haudattu haudata 埋葬する・埋める の受動過去分詞。ですから、書名は「埋葬された(者)」という意味でしょうか。

原作はスウェーデン語『Handen』。Google先生によれば「手」を意味するらしい。

ということは、フィンランド語の書名はスウェーデン語からそのまま訳されたのではないということですね。

著者について

著者 Henning Mankell(ヘニング・マンケル 1948年~2015年)は、スウェーデンの作家。劇場関係の仕事もされていたらしいです。

彼の作品でよく知られているのが、クルト・ヴァランダー(Kurt Wallander)警部シリーズで、これはドラマ化もされています。

日本でも知られている作家のようですね。複数の作品が日本語訳されているようですから。

でも、この『Haudattu(Handen)』は翻訳されてなさそう。Wikipedia の日本語版には、作品リストにすら挙がってなかったし…(-_-;)

《参考ページ》
ヘニング・マンケル - Wikipedia
Haudattu – Wikipedia
Haudattu | Otava (出版社による本の紹介ページ)

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2017年11月13日

📖【小説】Silmukka:12歳の少年が犯した殺人 そして秘められた真実

今回も、図書館から借りた電子ブック。電子ブックを「今一番借りられている」順に並べて、上位の本から借りている(← 貸し出し中で借りられない本はとばしてるけど)わけですが、最近は小説が続いてるなあ。

地域の図書館のこの本の予約状況を見てみたら、予約者は現在40人。なかなか人気ありますね。

Silmukka

この表紙も、書名よりも著者名が目立ってます。
Silmukka
著者:Pierre Lemaitre
訳者:Susanna Hirvikorpi
出版:Minerva, 2017年
表紙:Taittopalvelu Yliveto Oy

12歳の Antonie は一時の感情の高ぶりで、隣に住む6歳の男の子 Rémi  を殺してしまいます。Antonie は動揺しながらも、森の中に遺体を隠す。いつばれるるのかとびくびくした日々を送っていた Antonie ですが、結局ばれることなく10年余りが過ぎ…

*****

フランスの小さな村が舞台のサスペンス小説です。結末は意外。だからここにはそれについては一切書きませぬ。

本筋とはそれますが、この舞台の村社会の古臭さに驚きました。小説で語られているのは、1999年から2015年の出来事。でもこの村社会は、20世紀の初め~中ごろといってもおかしくない社会。フランスの村って今でもこんな感じなのかなあ。

"Silmukka"の意味

silmukka ループ のこと。

原作名は『Trois jours et une vie』。フランス語です。ということで、フィンランド語の書名は、フランス語の書名をそのまま訳したわけではないようですね。

著者について

著者 Pierre Lemaitre(ピエール・ルメートル 1951年~)は、フランスの作家、そして脚本家。

彼の作品は日本語訳もされているようです。ただ、この本はまだ、日本では出版されていない? 少なくともそれらしき本を見つけることはできませんでした。

《参考ページ》
ピエール・ルメートル - Wikipedia
Kirja: Silmukka (Pierre Lemaitre), Minerva Kustannus Oy (出版社による本の紹介ページ)

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2017年11月12日

📖【小説】Valomerkki:中年女性作家の厭世の日々

今回も、図書館の電子ブックを借りました。人気のある本なのでしょう。さっき地域の図書館のページを見てみたら、この本を予約している人は現時点でなんと 311人!!

そんな本なのに電子ブックでは予約せずに借りることができたのです。まだ、電子ブックはそれほど浸透していないということかな。

Valomerkki

Valomerkki
著者:Anna-Leena Härkönen
出版:Otava, 2017年
表紙:Kirsti Maula

Anita の職業は作家。年齢は50歳。

死ぬことよりも人生を続けることのほうが怖い。友人たちに、自殺を看取ってくれないかと、お願いするありさま。

仕事はなかなか進まない。そして欝な毎日が続く…

*****

50歳になった Anita の日常を綴っています。「中年の危機」とか「創作の苦悩」なんていうのがテーマなのかなあ。…私にはいまいちつかめなかったのですが。

翻訳本ではなく最初からフィンランド語で書かれている本は読みにくいことがある、と以前書きましたが( 【本(小説)】Toiset kasvot:ゴットランド島を舞台にした推理小説 )、この本はそんなことはありませんでした。むしろ、フィンランド語で書かれた小説だからこそあり得るであろう言い回しなどを楽しむことができました。

"Valomerkki"の意味

valomerkki 光による合図valo  + merkki 合図・マーク)のこと。パブやレストラン等でのラストオーダーを表すこともあります。店内を一瞬暗くすることで、ラストオーダーの時間だよってことを客たちに知らせるので。

転じて、事の終わりを表すこともあるのでしょう。本の中では "valomerkki" という言葉が次のように使われていますから。
Tajuaksää ollenkaan, miten vähän mulla ehkä on aikaa olla täällä? Ja sinä teet lähtöä ennen valomerkkiä vapaaehtoisesti.
(意訳ですが…) おまえ分かってる?俺の人生はもう多分少ししか残ってないってこと。で、おまえは寿命の前に自らこの世から去ろうとしているんだぞ。

著者について

著者 Anna-Leena Härkönen(1965年~)は、フィンランドの作家であり役者であり脚本家。処女作は『Häräntappoase』(1984年)。なんと、高校2年生の時に書かれた作品だそうですよ。

《参考ページ》
Anna-Leena Härkönen – Wikipedia (ウィキペディア"Anna-Leena Härkönen")
Valomerkki | Otava (出版社による本の紹介ページ)
Anna-Leena Härkönen | Otava (出版社による本の紹介ページ)

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2017年11月8日

📖【小説】Toiset kasvot:ゴットランド島を舞台にした推理小説

今回も、図書館の電子ブックを借りました。

図書館の本ばかり借りているけど本を買うことはないのか?…と不審に思われそうですね。私の場合、どうしても手元に置いておきたい本は買いますが、それ以外は図書館利用。

日本では、図書館のせいで本が売れない…という話もでているようだけれど、フィンランドではそんなこと言いだす人いないでしょうし。

ふと思ったのですが「図書館のせいで本が売れない」というのって、例えば「公立高校のせいで私立高校が定員割れするから、公立学校の定員減らせよ」とか文句をいうのと同じようなレベルの話じゃないですかね?

「図書館のせいで…」っていう話がもちあがる日本が残念な国に思えてしまうのは、フィンランドの社会に慣れ親しみ過ぎたせいなのかな…

Toiset kasvot

Toiset kasvot
著者:Mari Jungstedt
訳者:Emmi Jäkkö
出版:Otava, 2017年
表紙:Sofia Scheutz

観光シーズンを間近に控えたスウェーデン、ゴットランド島ののどかな海岸の街 Ljugarni にある別荘の寝室から変死体が発見されます。死体は別荘の持ち主 Henrik Dahlman。よく知られた芸術家であり、妻も子供もいる男性。

Anders Knutas 警部が同僚たちとともに事件の解明に務めている中で、ストックホルムでも、同じような状態の死体が発見されます。

*****

最初の場面が、ゴットランドとも殺人事件とも一見直接かかわりのないのない話で、いったいどこにどうつながっていくのかわからない。わけがわからないから読み進める。誰が犯人で、どこがどう繋がっているのか気になって、一気に読んでしまいました。

読みやすい本でした。途中で飽きて投げ出したくなる、なんてこともありませんでしたし。

ところでこれ、翻訳本なんですよね。読みやすかったのはそのせいかもしれない。

最近本を読むようになって気づいたのですが、最初からフィンランド語で書かれている小説は、時折読みにくいと感じることがあるのです。特に会話になっている部分。最初からフィンランド語で書かれている本には、スラングっぽい知らない言葉がバンバン出てくることがあるんですよね。でも翻訳ものだと、会話部分も普通のフィンランド語。たいがいはちゃんと辞書に載っていそうな言葉で書かれていることが多い。俗語がいっぱい使われているよりずっと読みやすい。

翻訳本が読みやすいのは、もちろん翻訳者の腕によるところも大きいのだろうけれど。

"Toiset kasvot"の意味

それぞれの単語の意味です。
  • toisettoinen 第2(の)の複数主格
  • kasvot(kasvo の複数主格。通常複数形で使う)
つまり、Toiset kasvot で『第二の顔』。
ちなみに原書名は『Det andra ansiktet』。スウェーデン語です。

ところで、「顔」を意味する kasvot がどうして複数形で使われるのかググってみたのですが、結局理由は見つかりませんでした。ズボン(housut)やメガネ(silmälasit)などが複数形なのは分かるけれど、顔ですよ。う~ん、どんな思考回路なんだろう?

一方で、「顔」を意味する naama という単語は、単数で使うのですよ。不思議です…


著者について

著者の Mari Jungstedt(1962年~)は、スウェーデンの作家。彼女の学歴がなかかか興味深い。経済を学び、教員養成校を出て、さらにジャーナリスト養成校卒業。職歴がさらに面白い。ツアーガイド、教員をスウェーデンで。モデル、ウエートレスの仕事をアメリカで。イタリアでブドウ摘みの仕事をしたこともあれば、マデイラで不動産を売る仕事をしていたこともあるそうな。(*_*)

さらには、スウェーデンで、10年ほどニュースのアナウンサーとして、あるいはテレビ番組の司会者として活躍していたそう。

『Toiset kasvot』は、ゴットランド島を舞台にしたシリーズものの第13作目。全作品フィンランド語に翻訳されているようです。人気のある作品群ということでもあるのでしょうね。

日本語訳がされている本は見つかりませんでしたが、「マリ・ユングステッド」で検索してみたら、彼女に関する日本語の記述がちょっとだけ見つかりました。

《参考ページ》
Toiset kasvot | Otava (出版社による本の紹介ページ)
Mari Jungstedt | Otava (出版社による作者紹介ページ)

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2017年11月6日

📖【小説】Yksi täydellinen päivä:2人の高校生の物語

今回読んだ本も図書館の電子ブック。「今一番借りられている」順で上位にあったものです。

でも最近、そうやって本を並べると、上位に来る本のほとんどが借り出し中。また、本によって変動も激しい。そもそも「今一番借りられている」がどういう基準で割り出されているかよく分からないんですけどね。少なくとも、借りられた回数ではない、というのは明らかなのですが。

いずれにしてもこの本、さっき確かめてみたら、「今一番借りられている」順で60番目になっていました。

それでも、その図書館のフィンランド語の電子ブックは全部で2000部以上あるみたいなので、60番目といえばかなり上位かな?

Tksi täydellinen päivä

Yksi täydellinen päivä
著者:Jennifer Niven
翻訳:Leena Ojalatva
表紙:Mari Villanen
出版:Karisto  2017年
『All the Bright Places 』という本のフィンランド語版です。でも、書名も直訳ではないし、表紙も原作とはだいぶ違うようです。こういうのって、お国柄もでるのかな?

内容


17歳の Finch は変わり者。一方で Violet は、活発な女の子でした。姉を交通事故でなくすまでは。

この2人が、ある日高校の時計塔で出会います。偶然の出会いではありますが、考えていたことはどちらも同じ。「もしここから飛び降りたら…」

その後 Finch は、閉じこもりがちになっていた Violet を徐々に元気づけていきます。そして、Violet も Finch に惹かれていく…

とはいっても、純愛小説ではなくて、かなり重いテーマ…メンタルヘルス、そして自殺…を取り扱った小説です。

読後感

読後感を一言でいえば「切ない」。

Finch があまりにも創造的で、あまりにも繊細で、あまりにも賢いのです。

おそらく父親からの遺伝で双極性障害があり、本人もそれは分かっている。ただ、「変わり者」と言われることは平気な彼も「精神障害者」というレッテルを貼られたくはない。だから、スクールカウンセラーにも必要以上のことは言いません。

さらに離婚した両親は、Finch の支えにはならない。父親は新しい家族を持ち、母親は自分のことで精いっぱい。

Finch も自分のことで精いっぱいのはずなのですが、大切に思う人に対して、すごくやさしいのですよ。でも、自分は誰からも助けを求めない…

こういう子が実際にいるのだとしたら、ほんとうに切ないです。

"Yksi täydellinen päivä"の意味

それぞれの単語の意味です。
  • yksi
  • täydellinen完璧な
  • päivä
つまり『完璧な一日』。
原作は『All the Bright Places』なので、直訳ではないですね。

地元の図書館に、他の言語に訳された本もありましたので、興味本位で書名の意味を調べてみました。といっても、スウェーデン語もエストニア語もロシア語も全然わからないので、翻訳はグーグル先生です。どれだけ正確なのかはわかりません。
  • スウェーデン語版:Som stjärnor i natten(夜の星のように)
  • エストニア語版:Elu helged paigad(人生の輝かしいスポット)
  • ロシア語:Ny ne vinovat(それは私のせいではない)
こうしてみると、まさにいろいろ。
ちなみに、表紙のほうもみんな違います。フィンランド語版の表紙は、一番抽象的で一番地味かもしれない…

著者について

著者の Jennifer Niven(1968年~)は、アメリカの作家です。これまでに9つの作品を出版しているのだとか。

この本は、彼女にとっては最初の、ヤングアダルトを対象とした小説です。映画化もされるそうです。

《参考ページ》
出版社による本の紹介ページ ⇒ Karisto - Kirjat
出版社による著者の紹介ページ ⇒ Karisto - Kirjailijat
著者のホームページ ⇒ Jennifer Niven

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